平成最後の夏 名古屋編

続けて愛知に帰った時の記事も書く。

 

 

 

 


名古屋に正月以来に帰って、

名古屋駅で中西にあった。

結婚がついに決まったらしい。

 

 

 

 


結婚式の見積もりを

取りに行くので奔走してた。

 

 

 

 


周りの奴らは結婚していく。

なんとなく自分が取り残された気になる。

それはきっと、自分に目的地がないから。

 

 

 

 


周りの奴らはマジョリティが歩む道をいく。

その一方で、おれはマイノリティが

歩む道を行きたいと思ってる。

 

 

 

 


だけどどの道を歩むべきなのか、

わからない。

決め切れてないんだと思う。

 

 

 

 


実家に帰って、ずっと心に

引っかかってたことが何か改めて分かった。

それは、母親との関係性だ。

 

 

 

 


年を経るごとに、おれとの関係が

悪くなっていく様に感じてる。

 

 

 

 


おれの人生の軸はずっと

「母親が自慢できる息子になる」

ってことだった。

 

 

 

 


だから、

高校受験も大学受験も就活も

必死に戦って、今がある。

 

 

 

 


だけど、そんな関係の中で

その感覚が薄れていってしまう様な

気がしてた。

 

 

 

 


だからふと、

「何のために頑張ってるの?」ってなる。

冷静になってしまう自分がいる。

 

 

 

 


東京ドームの野球ミュージアム

西勇輝のグローブに「親孝行」って

刺繍がしてあった。

 

 

 

 


なんとなくそれが胸に響いた。

そうだ。おれも親孝行しなきゃって思った。

 

 

 

 


親との関係が上手くいかないなら、

自分の女を切ることだって苦じゃない。

 

 

 

 


それに、お互いの人生考えて

結婚が絶対ないなら、遅かれ早かれ

切ったほうがいいと思った。

 

 

 

 


滋賀の帰りの車の中で言われた。

「焦りすぎ。この人だと思える人が

現れるまでは動かなくていい。」って。

 

 

 

 


振り返ると、今まで心底好きになって

付き合った女は居ないのかもしれない。

 

 

 

 


なんとなく可愛くて

なんとなく上手くいったから付き合う。

 

 

 

 


その理由は、ステータスだと思う。

彼女がいるってブランドが欲しかった。

実に下らないことだと思う。

 

 

 

 


彼女が居たって、本気で好きじゃなく

先のない付き合いなんて、全く意味ない。

そんなの時間/金の無駄じゃないか?

 

 

 

 


そんなことを思わされた。

だから、焦らない。

時期が来るまではじっと待ってみようと思う。

 

 

 

 


愛知から帰る最終日の夜。

ふと、散歩がしたくなった。

 

 

 

 


大学時代の道を歩んで、

昔の自分を思い出したように。

10代の自分はどんな考えだったんだろう。と。

 

 

 

 


なんとなく、新福寺に向かった。

三塁ベンチの外灯の下。

おれの青春の戦いが詰まってる場所。

 

 

 

 


今年は甲子園100回大会だったから、

高校球児だったのは、丁度10年前になる。

 

 

 

 


10年前、「約束」というスローガンのもと

毎日ノックを受けて、素振りして。

当たり前の様に毎日練習してたけど、

今思えばすごいなと思う。

 

 

 

 


夏の大会では結局試合に出られず、

人生で一番悔しい思いをした。

 

 

 

 


もう、野球なんて見たくもない。

そんなことを考えたこともあった。

 

 

 

 


だけど、10年経った今、感じることがある。

それは野球をしてたから

今の人生があるってこと。

 

 

 

 


野球でうまくいかなかったから、

反骨心で勉強した。

大学受験で見返してやろうって心に決めた。

 

 

 

 

 

 

毎日バット振って、人よりも

努力を続ければ、

絶対にレギュラーになれる。

上手くなれるって信じてた。

 

 

 

 


そんな自分を心から誇りに思う。

そんな自分を心から尊敬する。

直向きな自分になりたいって思う。

 

 

 

 


コツコツと目標に向かって

一歩一歩階段を上がって

可能性を信じて。

 

 

 

 


そんな自分を取り戻したい。

志を持って、そこに向かって邁進したい。

マジョリティの道を歩んでる場合じゃない。

 

 

 

 


躍動