3歩進んで2歩下がる

昨日久々に飯田と電話をした。

最近電話していないから、心配になって連絡をくれたそうだ。

三浦春馬のニュースを見て、後悔したくない気持ちから連絡をくれた。

 

 

 

ありがたいことだと思った。

家族でもなく、彼女でもないのに、自分のことを頭に思い浮かべて

心配してくれるのは文字通りありがたいことだと思う。

 

 

 

最近どうなのかと聞かれて答えた。

自然と頑張ろうとする自分がいて、それはポジティブな気持ちではあるが

「本当にこれでいいんだっけ」ということ。

 

 

 

自分がやりたいことで、長時間の労働をするのと

自分がやりたくないことで、長時間の労働をするのは明確に異なる。

前者は人生にとってプラスな作用があると思うからだ。

 

 

 

日々は体力的に大変だけれど、上席との打ち合わせで臆せず発言ができたり

自分の考えを伝えられる様になり、成長を感じる。

それがまた次の活力になっていく。

 

 

 

他人には難しい、大きなことを自分が成し遂げようとしている。

自分の成長を感じることができる。

そんな日々がモチベーションになっている様に思う。

 

 

 

想像してみると、誰でもできる簡単な仕事を捌いている日々は

自分にとっては苦痛なんだと思う。

それは、経験が成長に繋がると信じているからなんだろうな。

 

 

 

ただ、それだけをやることが全てではないこと。

また、エッセンシャルな要素ではないことを心から無くしてはいけない。

日々がその確認の繰り返しなんだろうなと感じている。

 

 

 

イチローが言っていた。

「日々懸命に生きたい。それを重ねていく。

 懸命に生きるためのモチベーションを探していく。

 それが生きるということ」

 

 

 

「それを見つけるのか、見つかるのかは分からない。

 だけどそのために一歩踏み出すということですよ」

 

 

 

今の自分じゃダメだと思う自分と

今の自分で満足している自分。

両方の歩みを止めずにいけば、よりよい自分に出会うことができるのかな。

 

 

 

イチローほどの一流でも毎年打撃フォームを変え続ける。

その中には後退もあるけれど、進歩を遂げた時に

それが必要な回り道であることに気付く。

同時に一見遠回りに見えるその道が最短であったことに気付くそうだ。

 

 

 

日々の働き方に問題意識を持つ様になってから、

確かに多くのことを考える様になった。

そして自分なりに試行錯誤を繰り返してきた。

 

 

 

これが、いまイチローのいう回り道なのかもしれない。

人生は変わる。周りの環境が変わるから。

その中で自分のフォームをアジャストしていく。

そんな作業を恐れずに一歩踏み出しながらしていくことの大切さを認識した。

 

 

 

今日から4連休。

久しぶりに親と顔を合わせる。

いつもと違う日常と、久しぶりの親との会話。楽しみだ。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

読書:働き方完全無双

人口が減って日本が衰退する一方で、個人だけはスキルを磨いておく状態を創り出すこと。

 


自分の時間をうみだし、たとえ理解者がいないことでもコツコツとやってみること。

 


人間はなにかをやり始めることは苦手だが、一度やれば継続するようにできている

 


いつまでも自分ごとのように仕事を抱え込んでしまうと、ブラック企業の体質に取り込まれてしまう。

 


年収1,000万でカツカツなのと、500万で貯金できるなら後者の方がいい。自分には意味がないと思う部分には、主体的にお金を使わないようにする。

 


動物として勝てるかで判断する人は多い。だから筋トレは必要。

 


名前を覚えてもらう、印象を残すことは大切。私服がダサいことや、似ている芸人を先で自分でいってしまうこと。

 


嫌われる人には嫌われるものだと割り切っていた方が精神的に楽。親切をすれば感謝されることが当たり前でいると、感謝された時の喜びは少なくなる。

 


他人に期待しない。人生に期待しない。

期待値は下げれるだけ、下げた方が絶対に人生トク。

 


人に好かれる、嫌われるではなく、常に有利に立てるように戦略的に考えておくのが賢い。

 


すぐ寝る方法。S.H.E…の順番に全く関係のないものを連想する。連想睡眠法。

 


地方でダラダラ好きなことをやって暮らすほうがいいでしょう。場所なんてどこでもいいわけですから、生活維持費の少ない場所を選んで働くという選択肢を持っておきましょう。

 

 

 

 

読書:人生は攻略できる

人生は攻略できる

真面目というのは、言い換えれば悲観的で不安感が強く、失敗を恐れて常に慎重な行動をする人

 


いいことも悪いこともたくさんの体験を持っている人は、間違いなく幸福度が高くなる。それがいずれ、魅力的な「人生の物語」をつくる大事な材料となる

 


いま日本の社会には50歳くらいになり、これからどうすればいいかわからない大人がたくさんいる。それは、会社に言われたことだけをやってきて、自分だけの「スペシャルなもの」を見つけられなかったからだ。

 


性格テスト

経験への開放性2

堅実性2

同調性3

安定性0

外向性3

 


社会的な動物であるヒトは、やはり本性によって、評価を幸福と結びつけるようにできている。目立ちたいのは、異性の目を引きたいから。

 


得意なことで頑張ると、皆から褒められる。褒められるとますます好きになって、頑張る。これが、すべての人の心を支配する「スピリチュアルの法則」だ。

 


スピリチュアルが拒絶するもので妥協してはならない。トライandエラーを繰り返すうちに、君のスピリチュアルが「すきなこと」を偶然に見つけてくれる。これは恋愛にもあてはまる。

 


この国には「サラリーマンは会社に滅私奉公するのが当たり前」と思っている人が多すぎる。これは全く逆で、会社は社員が幸福になるためのただの道具だ。道具ならば使い倒せばいい。

 


お金はなぜ大切か。それは君を自由にしてくれるから。国家にも、会社にも、家族にも依存せずに生きていくのに十分な資産を持つこと=経済的独立。経済的に独立していれば、理不尽なことが起きたらいつでも別の場所に移ることができる。

 


お金持ち=(収入-支出)+(資産×運用利回り)

①収入を増やす ②支出を減らす ③運用利回りを上げる。

 


これからの時代は「長く働く」「いっしょに働く」がお金持ちになるためのキーワードだ。

 


日本の大学の研究では、年収800万を超えると幸福感はほとんど変化しなくなることがわかっている。夫婦で子供のいる家庭だと、年収1,500万ほどになる。

 


人生を攻略するとは、金融資本、人的資本、社会資本をきみ自身の価値観(こんな風にいきたい)に基づいて、最適化することなのだ。

→この内まずは1つを大切にし、2つ目を確保しにいくこと。

 


幸福の研究では様々な調査で、一度の大きな痛みより、長く続く小さな痛みの方が幸福度を大きく引き下げることがわかっている。

肥料。

先日一人であいだみつを美術館に行った。通算3回目。

前に受けた研修で、本屋に行くと目に飛び込んでくるものがあり、

そのタイトルが潜在的に求めていることだと聞いたことがある。

 

 

 

面白いもので、あいだみつを美術館にある無数の言葉の中から

いくたびにインプレッションをもらう言葉が違う。

 

 

 

最初は「そのうちそのうち日が暮れる」

2番目は「幸せはいつも自分の心が決める」だった。

今回は意外だった。その言葉は「肥料」というタイトルの言葉だ。

 

 

 

あのときのあの苦しみも

あのときのあの悲しみも

みんな肥料になったんだなあ

じぶんが自分になるための

 

 

 

なぜこの言葉が胸に入ってきたのか。

それは大きく分けて2つのストーリーが自分の中にあるからだ。

 

 

 

1つ目は評価をとれたということ。

想定より差は大きくないけれど、同期の中で明確に昇格できた人間と

そうでない人間が存在する。

 

 

 

僕は昇格できた側に入れた。

それはある程度自分自身がやってきたことを認めてもらえたということ。

6年目までの自分が一生懸命戦ってきたからこその評価であるし

そして今の自分があるのはそのおかげなんだと思っている。

 

 

 

もう1つは5月に追い込まれたことだ。

あそこまで追い込まれて、人生を今一度見直したからこそ

今の自分がある。

 

 

 

行き過ぎそうになったときに

自分にとってエッセンシャルなものは何かを

心に振り返ることができる。

 

 

 

そして、今自分なりに頑張ろうと思える仕事に出会えていること。

それはとても大きなことだし、少しずつ自分の自信になっていると思う。

 

 

 

金曜日にヒカリエに出社した。

季節はもう夏なのだけれど、3ヶ月ぶりのヒカリエの匂い

そして通勤路は冬の気持ちを思い出させた。

 

 

 

あの評価に囚われた不安定な気持ち。

そして自分自身に対しての自問自答。

なんとか1日1日を越えていこうともがく日々。

 

 

 

そんな日々と比較すれば、少しは成長できた気がする。

見えている世界も違うし、自信を持っていることに気づく。

他人よりも大きくて苦しい仕事をやっている。

 

 

 

「報われるのかな。やってよかったと思うのかな。今のままでいいかな。」

そんなことを思う日々だけれど、きっと今の仕事でのもがきが

いまの自分に自信を与えてくれているように思う。

 

 

 

ヒカリエに出社したあとに、後輩にあうために直営店へ行った。

何気ない会話からあることを聞かれた

「ヒカリエでの仕事は楽しいですか」ということ。

 

 

 

こんなことを聞かれると、

最近答えてしまうのは「残業が多くてきつい」ということ。

 

 

 

だけどいい側面も沢山ある。

多くの人と仕事ができるということ。

自分の知らない世界を知れるということ。

大きな案件に携われているということ。

今の場所で通用するようになれば、

きっとこの会社ではある程度戦える様になるということ。

 

 

 

そう思えば、少しは心が楽になるし

今の何気ない日々に色を添えることができる様になる。

 

 

 

ふと思うのは、自分は運があるということだ。

たまたま配属された先に適任者がおらず、大きな案件にアサインしてもらっている。

普段20代後半ではなかなかアサインしてもらえない案件だと思う。

 

 

 

その運を掴んだ自分と、それまでの道を自分で切り開いてきた自分。

そこにはきっと理由がある。

それを誇りに思わないといけない。

 

 

 

最後に大きな仕事に携わっているからこそ、多くの人と関わりを持っている。

東京の人たちは、皆巧者で一筋縄には行かない。

だからこそ、構えて距離を取ろうとしてしまう自分がいる。

ただ、実はあいだみつをの言葉の中でもう一つ自分の心に共鳴したものがある。

 

 

 

人の世の幸と不幸は

人と人と逢うことからはじまる

よき出逢いを

 

 

 

人の心を動かすのは人、でしかない。

人と関わらない様にすることは、確かに不幸は招かないかもしれない。

ただ一方で幸も掴みとれないということでもある。

 

 

 

もっと多くの人の価値観に触れて

もっと自分自身を成長させていきたい。

だからこそ、ここで人との出逢いに億劫になってはいけないという

潜在的な思いからこの言葉が共鳴したんだろうな。

 

 

 

長くなった。

要するに自分の人生は好転しつつある。

そこに慢心せず、もっと深めたい。深く自分自身を刻みたい。

 

 

 

もう同じ過ちを繰り返さない様に。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

6月を振り返る

6月が終わった。

雨の日が多く、休日も外に出られない日も多かったけれど

充実した1ヶ月になった。

 

 

 

仕事に対しての価値観が少し変化した1ヶ月間でもあった。

5月はどちらかといえば、自分を回復させる期間だった。

ちゃんとまともな生活ができる様にすることが第一目的だった。

 

 

 

そんな中で感じていたことは、目標や目的のない日々に対しての

ストレスだったように思う。

いま6月を終えて、その感情は全くない。

 

 

 

それは、仕事に少し向き合い始めている証拠なんじゃないかなって思う。

最近の自分の行動や、考え方を振り返ってもそれを感じることがある。

 

 

 

この一週間、毎日0時頃まで仕事をしていた。

肉体的にはボロボロなはずである。

だけど、そこまで大きな疲れはないというのが本音だ。

 

 

 

それはおそらく「体が慣れた」ということもあるのだろうが

それと同時にストレスを感じていないのではないかと思う。

 

 

 

純粋に開発の内容を考えているのが楽しく思える。

何かを作り出すこと、企画することが楽しく思える。

そんな自分に気付かされることがある。

 

 

 

もちろん全てがうまくいっている訳ではない。

仕事である以上、辛いことも腹が立つことも沢山あるのが本音だ。

当たり前だが、そちらの方が多いと思う。

 

 

 

だけど、何も見えないところから少しずつ形になってきて

少しずつ実現に向けて動いている現状は悪いものではない。

 

 

 

昨日、ふと他のグループへ業務移管するという説があることを聞いた。

「よかった。やっと楽になる。」とは思わなかった。

「ここまで来たんだから、やらせてくれよ」が心に浮かんだ気持ちだった。

 

 

 

やらされ感満載の仕事から、

少しずつ能動的な仕事に変わっている証拠だと思う。

 

 

 

大分支店にいたときのCSアワードやイベント、

広域時代のプロジェクト

広域解体後の営業活動。

 

 

 

これらは仕事だ。当然仕事だ。

だけど、どれだけ時間を掛けてもストレスにはならなかったし

むしろ完成に少しでも近付きたいと思っていた。

 

 

 

今の仕事が少しずつ、そこに近づいている感覚がある。

歯を磨きながらふと心に浮かんだ気持ちがある。

「今の業務が終わったとき、充実してたと思うんだろうな」ということだ。

 

 

 

そう思えることは幸せなことだと思うし、

自然と心に浮かぶことは、充実している証拠なのかなと思う。

 

 

 

気をつけないといけないのは、自分の中で見つけた

エッセンシャルは忘れてはいけないということ。

 

 

 

周りの人間を大切にする。

今一度襟を正してやらないとな。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

恩師 松本さんという存在

西田さんと話してから、誰かに引っ張ってもらうことは

自分の中で違う解であることとしていた。

だから、自分の悩みを5月末以降誰かに話すことはなかった。

 

 

 

6月に入り業務も忙しくなったここともあり、

どこか停滞感を感じていた。

そんな中、ひょんなことから松本さんと話す機会を得た。

 

 

 

普段、まず業務で連絡を取り合わないが、急に連絡がきて

電話で話すことになった。

そこで自分が悩んでいることを伝えて別の時間に電話で話すこととなった。

 

 

 

昨日の夜2.5時間ほど話して、新たな気付きがあったので

忘れないうちにここに記載をしていきたい。

 

 

 

この事業所で生きていくためには、図太くないといけないということ。

それは、ポーズでは周りを気遣いつつも、自分自身の働き方を貫くこと。

 

 

 

この事業所には、人間ではなくマシーンが多いらしい。

マシーンとは、人間味がなく効率性を求めコミュニケーションを取らない。

また仕事に対しての熱や感情はなく、論理だけで動いている人間だ。

 

 

 

「郷に入っては郷に従う」

そんな言葉に引きずられ、自分自身を見失いかけていたことに気づいた。

それは過度な残業や、残業の過少申告も含めて。

 

 

 

そんな環境の中でも、少しずつ仕事が言い方に傾いている事実はある。

その理由は、自分が一度吹っ切れたから。

 

 

 

とことん追い詰められたとき

「自分の身を蝕むくらいなら、飛ばしてもらって結構」

そう思えたことが仕事の仕方の変化に繋がっていると思う。

 

 

 

「仕事ができないなぁ」

そう思われても、結構だと思うことができている自分は強いと思う。

無理に上司の顔色を伺いすぎず、言いたいことを言える自分は

強いと思う。

 

 

 

唯一昇格できるかどうかが不安だったが

幸いにも昇格はできた。

だから、尚更強く出れる自分がいる。

 

 

 

松本さんから言われたこと。

それは、今立ち止まることができたこの機会に

これからの人生で自分が何をしたいのかを

改めて考えてみる機会にしたらいいということ。

 

 

 

「今の部署が嫌だから異動したい」ではなく

「自分のやりたいことはこれで、この部署でこんな活躍ができる」という

理由で人事権を持った人間にアプローチしてみろということだった。

 

 

 

他にもSCAPや公募でのオフィシャルルールでの異動を勧められた。

言うことは正だと思ったし、また一つ戦い方が増えた様に思う。

 

 

 

仕事に期待することを諦めている自分がいた。

半分正しくで半分間違っていると思う。

 

 

 

仕事が辛いと思うことがたくさんある分

仕事が楽しいと思えることも沢山あった。

 

 

 

大分時代、福岡時代。

沢山悔しい思いをしたし、逃げ出したくもなった。

でもその分沢山素敵な出会いと、嬉しいこともあった。

 

 

 

自分がやりたいことは果たして何であるのか。

自分がこの会社で成し遂げたいことは何であるのか。

それを探してみようと思った。

 

 

 

最後に余談だが、松本さんから言われた

自分のいいところと悪いところを記したいと思う。

 

 

 

いいところは、

「人の気持ちを考えられること」

「物事を俯瞰できること」だそうだ。

 

 

 

悪いところは、

「調子に乗るところ」だそうだ。

意外だったが的を射ていると思った。

 

 

 

人生振り返ると、いまみたいな苦しい時期があって

そこからなんとかもがいて脱出して、流れが変わる。

そうすると、調子に乗ってまた天狗の鼻を叩き折られる。

 

 

 

天狗の鼻を叩き折られることで、学び、血肉にしていると思う。

いまの環境も同じなのかもしれない。

営業時代に調子に乗っていた分、天狗の鼻を叩き折られている。

でもそこから何かを学べそうな気がしているし、学ぼうとしている。

 

 

 

今の環境を嫌だと思う自分がいる

でも、今の環境からもっと何かを吸収できると思っている自分もいる。

直感的に感じることは、ここを出ることはまだ早い気がしている。

 

 

 

それが正しいのか間違っているのかはわからない。

だけど、4月と比較して確実に流れは変わってきている。

まずは自分のこの確立した働き方を継続したい。維持したい。

 

 

 

自分を見失わない様に。

辛かったことがあるから、強い自分になれるように。

 

 

 

そして、味方はいるんだなと。

松本さんも西田さんも沖縄勢も、まなも。

自分の悩みに真摯に向き合ってくれる。

 

 

 

その存在に気づけたことも大きいし

確実に人生が好転している様にも感じている。

ありがたいことだなと。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

一つ目標を達成できたということ。

6/4の夕方、評価面談に関するメールが飛んだ。

すぐに上司に連絡し、結果を教えてくれと伝えた。

自分にとって大きな大きな結果発表となる。

 

 

 

ゴールデンウィーク前くらいから、どこか心が落ち着かなかった。

ふとした時、「もしダメだったら・・・」と何度考えたことだろう。

連絡して、提示された時間までの15分間がすごく長く感じた。

 

 

 

いつもならあっという間に過ぎてしまうはずなのに、

心の状態によって、どうして時間はこんなにも

長く感じたり短く感じたりするのであろうか。

 

 

 

そして、評価を受けた。

最高の評価だった。

無事に目標としていた昇格を達成することができた。

 

 

 

いつから、最短での昇格を意識するようになったのだろう。

いつから、その結果にこだわる様になったのだろう。

 

 

 

評価にこだわりを持つ様になったルーツは、3年目だと記憶している。

それまで「結果は残せなくても、自分が満足していればいい」という

考えだった自分に甘さを感じて、結果を求めるようになった。

 

 

 

そして広域に異動してから、いい評価をもらえる様になった。

振り返ると5年目以降は、最高評価を貰い続けていたから

それを守る自分と、評価を落とすことに対するプレッシャーと

戦っていた様に記憶している。

 

 

 

評価について忘れられないのは、吉田さんと日田に行った帰りに

「このままいくと、最短で昇格だろうな」と言われたことが

記憶に残っている。

 

 

 

それが手に届く様になってからか。

結果とそれに対するプレッシャーと闘ってきた。

特に昨年度の1年間は本当に特別な1年間だったと思う。

 

 

 

上期は組織が東京配属になり、ライバルが全国となった。

東京本部にいる同期や、本部担当をしている後輩に

負けない様にするにはどうすればいいかを考えた。

 

 

 

それと同時に、全国と闘った時に自分の仕事力が

どこまで通用するのかということに不安を感じた。

そんな中、運良く最高評価を掴み取った。

 

 

 

下期は、初めての組織外異動。

九州以外の場所で顔で仕事ができない。

業務の知識もほとんどない。

 

 

 

その中で何度も挫けそうになった。

でも、そんな自分を支えたのは

この目標があったからだと思う。

 

 

 

最後の1ヶ月は本当に苦しかった。

 

 

 

大きな案件を担当している同期の横で、大きな案件がない自分。

「このままでいいのか」「まだやれることがあるのではないか」

そんな気持ちが心を支配する。

 

 

 

2000本安打を目前に、急にヒットが打てなくなる野球選手の様に

いつもの様に振る舞えない自分がいた。

イチローの言葉を聴きながら出勤し、言葉がとても沁みた。

 

 

 

そんな中、なんとか結果を掴み取った。

誰よりも泥臭く、アゲインストな環境でやってきた。

「こんな辛い経験お前らしていないだろう」という本田の言葉の様に

「おれはお前らとは格が違う」と自負して闘ってきた。

 

 

 

我ながらよく頑張ってきたと思う。

結果を残せたことで、失いかけていた自信を少し取り戻した。

そして、過去お世話になってきた人たちに細やかながら成長した姿を

見せられることを誇りに思うと同時に、感謝をする。

 

 

 

最後に。

こういった嬉しいことを、他人に自慢しない。

それが自分の美学である。

でも、親にはいの一番に連絡するもんなんだなと思った。

 

 

 

おばぁとおかんが喜んでくれたことが伝わって、

頑張ってきてよかったなと思った。

 

 

 

次の役職に向けても同じ様に、仕事に打ち込めるかは正直わからない。

それは、自分の価値観が少しずつ変わっているからである。

挑むにせよ、そうでないにせよ、惰性で人生を歩みたくはない。

 

 

 

オリンピックを終えた選手が、次回のオリンピックを目指すかと聞かれて

答えに詰まっている気持ちが今、なんとなく分かる。

 

 

 

今の結果を掴み取るために、たくさんのものを犠牲にしてきた。

それを理解した自分が次にどんな選択をするのか、非常に楽しみである。

どんな選択であろうと、決めた選択には責任を持ちたい。

自分の人生に責任を持てるのは自分だけなのだから。

 

 

 

I WILL. Life is mine.