6月を振り返る

6月が終わった。

雨の日が多く、休日も外に出られない日も多かったけれど

充実した1ヶ月になった。

 

 

 

仕事に対しての価値観が少し変化した1ヶ月間でもあった。

5月はどちらかといえば、自分を回復させる期間だった。

ちゃんとまともな生活ができる様にすることが第一目的だった。

 

 

 

そんな中で感じていたことは、目標や目的のない日々に対しての

ストレスだったように思う。

いま6月を終えて、その感情は全くない。

 

 

 

それは、仕事に少し向き合い始めている証拠なんじゃないかなって思う。

最近の自分の行動や、考え方を振り返ってもそれを感じることがある。

 

 

 

この一週間、毎日0時頃まで仕事をしていた。

肉体的にはボロボロなはずである。

だけど、そこまで大きな疲れはないというのが本音だ。

 

 

 

それはおそらく「体が慣れた」ということもあるのだろうが

それと同時にストレスを感じていないのではないかと思う。

 

 

 

純粋に開発の内容を考えているのが楽しく思える。

何かを作り出すこと、企画することが楽しく思える。

そんな自分に気付かされることがある。

 

 

 

もちろん全てがうまくいっている訳ではない。

仕事である以上、辛いことも腹が立つことも沢山あるのが本音だ。

当たり前だが、そちらの方が多いと思う。

 

 

 

だけど、何も見えないところから少しずつ形になってきて

少しずつ実現に向けて動いている現状は悪いものではない。

 

 

 

昨日、ふと他のグループへ業務移管するという説があることを聞いた。

「よかった。やっと楽になる。」とは思わなかった。

「ここまで来たんだから、やらせてくれよ」が心に浮かんだ気持ちだった。

 

 

 

やらされ感満載の仕事から、

少しずつ能動的な仕事に変わっている証拠だと思う。

 

 

 

大分支店にいたときのCSアワードやイベント、

広域時代のプロジェクト

広域解体後の営業活動。

 

 

 

これらは仕事だ。当然仕事だ。

だけど、どれだけ時間を掛けてもストレスにはならなかったし

むしろ完成に少しでも近付きたいと思っていた。

 

 

 

今の仕事が少しずつ、そこに近づいている感覚がある。

歯を磨きながらふと心に浮かんだ気持ちがある。

「今の業務が終わったとき、充実してたと思うんだろうな」ということだ。

 

 

 

そう思えることは幸せなことだと思うし、

自然と心に浮かぶことは、充実している証拠なのかなと思う。

 

 

 

気をつけないといけないのは、自分の中で見つけた

エッセンシャルは忘れてはいけないということ。

 

 

 

周りの人間を大切にする。

今一度襟を正してやらないとな。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

恩師 松本さんという存在

西田さんと話してから、誰かに引っ張ってもらうことは

自分の中で違う解であることとしていた。

だから、自分の悩みを5月末以降誰かに話すことはなかった。

 

 

 

6月に入り業務も忙しくなったここともあり、

どこか停滞感を感じていた。

そんな中、ひょんなことから松本さんと話す機会を得た。

 

 

 

普段、まず業務で連絡を取り合わないが、急に連絡がきて

電話で話すことになった。

そこで自分が悩んでいることを伝えて別の時間に電話で話すこととなった。

 

 

 

昨日の夜2.5時間ほど話して、新たな気付きがあったので

忘れないうちにここに記載をしていきたい。

 

 

 

この事業所で生きていくためには、図太くないといけないということ。

それは、ポーズでは周りを気遣いつつも、自分自身の働き方を貫くこと。

 

 

 

この事業所には、人間ではなくマシーンが多いらしい。

マシーンとは、人間味がなく効率性を求めコミュニケーションを取らない。

また仕事に対しての熱や感情はなく、論理だけで動いている人間だ。

 

 

 

「郷に入っては郷に従う」

そんな言葉に引きずられ、自分自身を見失いかけていたことに気づいた。

それは過度な残業や、残業の過少申告も含めて。

 

 

 

そんな環境の中でも、少しずつ仕事が言い方に傾いている事実はある。

その理由は、自分が一度吹っ切れたから。

 

 

 

とことん追い詰められたとき

「自分の身を蝕むくらいなら、飛ばしてもらって結構」

そう思えたことが仕事の仕方の変化に繋がっていると思う。

 

 

 

「仕事ができないなぁ」

そう思われても、結構だと思うことができている自分は強いと思う。

無理に上司の顔色を伺いすぎず、言いたいことを言える自分は

強いと思う。

 

 

 

唯一昇格できるかどうかが不安だったが

幸いにも昇格はできた。

だから、尚更強く出れる自分がいる。

 

 

 

松本さんから言われたこと。

それは、今立ち止まることができたこの機会に

これからの人生で自分が何をしたいのかを

改めて考えてみる機会にしたらいいということ。

 

 

 

「今の部署が嫌だから異動したい」ではなく

「自分のやりたいことはこれで、この部署でこんな活躍ができる」という

理由で人事権を持った人間にアプローチしてみろということだった。

 

 

 

他にもSCAPや公募でのオフィシャルルールでの異動を勧められた。

言うことは正だと思ったし、また一つ戦い方が増えた様に思う。

 

 

 

仕事に期待することを諦めている自分がいた。

半分正しくで半分間違っていると思う。

 

 

 

仕事が辛いと思うことがたくさんある分

仕事が楽しいと思えることも沢山あった。

 

 

 

大分時代、福岡時代。

沢山悔しい思いをしたし、逃げ出したくもなった。

でもその分沢山素敵な出会いと、嬉しいこともあった。

 

 

 

自分がやりたいことは果たして何であるのか。

自分がこの会社で成し遂げたいことは何であるのか。

それを探してみようと思った。

 

 

 

最後に余談だが、松本さんから言われた

自分のいいところと悪いところを記したいと思う。

 

 

 

いいところは、

「人の気持ちを考えられること」

「物事を俯瞰できること」だそうだ。

 

 

 

悪いところは、

「調子に乗るところ」だそうだ。

意外だったが的を射ていると思った。

 

 

 

人生振り返ると、いまみたいな苦しい時期があって

そこからなんとかもがいて脱出して、流れが変わる。

そうすると、調子に乗ってまた天狗の鼻を叩き折られる。

 

 

 

天狗の鼻を叩き折られることで、学び、血肉にしていると思う。

いまの環境も同じなのかもしれない。

営業時代に調子に乗っていた分、天狗の鼻を叩き折られている。

でもそこから何かを学べそうな気がしているし、学ぼうとしている。

 

 

 

今の環境を嫌だと思う自分がいる

でも、今の環境からもっと何かを吸収できると思っている自分もいる。

直感的に感じることは、ここを出ることはまだ早い気がしている。

 

 

 

それが正しいのか間違っているのかはわからない。

だけど、4月と比較して確実に流れは変わってきている。

まずは自分のこの確立した働き方を継続したい。維持したい。

 

 

 

自分を見失わない様に。

辛かったことがあるから、強い自分になれるように。

 

 

 

そして、味方はいるんだなと。

松本さんも西田さんも沖縄勢も、まなも。

自分の悩みに真摯に向き合ってくれる。

 

 

 

その存在に気づけたことも大きいし

確実に人生が好転している様にも感じている。

ありがたいことだなと。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

一つ目標を達成できたということ。

6/4の夕方、評価面談に関するメールが飛んだ。

すぐに上司に連絡し、結果を教えてくれと伝えた。

自分にとって大きな大きな結果発表となる。

 

 

 

ゴールデンウィーク前くらいから、どこか心が落ち着かなかった。

ふとした時、「もしダメだったら・・・」と何度考えたことだろう。

連絡して、提示された時間までの15分間がすごく長く感じた。

 

 

 

いつもならあっという間に過ぎてしまうはずなのに、

心の状態によって、どうして時間はこんなにも

長く感じたり短く感じたりするのであろうか。

 

 

 

そして、評価を受けた。

最高の評価だった。

無事に目標としていた昇格を達成することができた。

 

 

 

いつから、最短での昇格を意識するようになったのだろう。

いつから、その結果にこだわる様になったのだろう。

 

 

 

評価にこだわりを持つ様になったルーツは、3年目だと記憶している。

それまで「結果は残せなくても、自分が満足していればいい」という

考えだった自分に甘さを感じて、結果を求めるようになった。

 

 

 

そして広域に異動してから、いい評価をもらえる様になった。

振り返ると5年目以降は、最高評価を貰い続けていたから

それを守る自分と、評価を落とすことに対するプレッシャーと

戦っていた様に記憶している。

 

 

 

評価について忘れられないのは、吉田さんと日田に行った帰りに

「このままいくと、最短で昇格だろうな」と言われたことが

記憶に残っている。

 

 

 

それが手に届く様になってからか。

結果とそれに対するプレッシャーと闘ってきた。

特に昨年度の1年間は本当に特別な1年間だったと思う。

 

 

 

上期は組織が東京配属になり、ライバルが全国となった。

東京本部にいる同期や、本部担当をしている後輩に

負けない様にするにはどうすればいいかを考えた。

 

 

 

それと同時に、全国と闘った時に自分の仕事力が

どこまで通用するのかということに不安を感じた。

そんな中、運良く最高評価を掴み取った。

 

 

 

下期は、初めての組織外異動。

九州以外の場所で顔で仕事ができない。

業務の知識もほとんどない。

 

 

 

その中で何度も挫けそうになった。

でも、そんな自分を支えたのは

この目標があったからだと思う。

 

 

 

最後の1ヶ月は本当に苦しかった。

 

 

 

大きな案件を担当している同期の横で、大きな案件がない自分。

「このままでいいのか」「まだやれることがあるのではないか」

そんな気持ちが心を支配する。

 

 

 

2000本安打を目前に、急にヒットが打てなくなる野球選手の様に

いつもの様に振る舞えない自分がいた。

イチローの言葉を聴きながら出勤し、言葉がとても沁みた。

 

 

 

そんな中、なんとか結果を掴み取った。

誰よりも泥臭く、アゲインストな環境でやってきた。

「こんな辛い経験お前らしていないだろう」という本田の言葉の様に

「おれはお前らとは格が違う」と自負して闘ってきた。

 

 

 

我ながらよく頑張ってきたと思う。

結果を残せたことで、失いかけていた自信を少し取り戻した。

そして、過去お世話になってきた人たちに細やかながら成長した姿を

見せられることを誇りに思うと同時に、感謝をする。

 

 

 

最後に。

こういった嬉しいことを、他人に自慢しない。

それが自分の美学である。

でも、親にはいの一番に連絡するもんなんだなと思った。

 

 

 

おばぁとおかんが喜んでくれたことが伝わって、

頑張ってきてよかったなと思った。

 

 

 

次の役職に向けても同じ様に、仕事に打ち込めるかは正直わからない。

それは、自分の価値観が少しずつ変わっているからである。

挑むにせよ、そうでないにせよ、惰性で人生を歩みたくはない。

 

 

 

オリンピックを終えた選手が、次回のオリンピックを目指すかと聞かれて

答えに詰まっている気持ちが今、なんとなく分かる。

 

 

 

今の結果を掴み取るために、たくさんのものを犠牲にしてきた。

それを理解した自分が次にどんな選択をするのか、非常に楽しみである。

どんな選択であろうと、決めた選択には責任を持ちたい。

自分の人生に責任を持てるのは自分だけなのだから。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

5月を振り返る

5月が終わった。

今年の5月は今年のプレイバックに入るほど

自分の人生にとって大きな1ヶ月だった。

 

 

 

プライベートでは、毎年恒例となっていた沖縄にいけなかった。

とても物足りなくて、毎年帰ってくると体調を崩すほど遊ぶくらいなのに

寂しいゴールデンウィークとなった。

 

 

 

一方で沖縄のメンバーが自分が沖縄にいけないことを

同じ様に寂しく思ってくれていることを知り、嬉しくなった。

この機会に、当たり前が当たり前でないことに気づくことができた。

 

 

 

次に沖縄を訪れるのが今から楽しみだし、

楽しさも何倍増しにもなって帰ってくるのだろう。

 

 

 

そして以前記事にも書いたが、仕事に対する価値観も変わった。

仕事を第一優先にずっとやってきたけれど、

その反面エッセンシャルな部分である親やパートナーとの

時間が削られていることを知った。

 

 

 

母親と本音で向き合うことで、仕事を頑張っている自分と

その自分が受け入れられないというずっと感じていた

すれ違いを知ることができた。

 

 

 

仕事に体と心が蝕まれそうになって、初めて気づいたことがある。

それは、こうやって健康に毎日を過ごしているだけで

幸せであるということである。

 

 

 

肉体的にも精神的にも追い詰められたときに感じたこと。

それは、病んでしまうことによって、今まで積み重ねてきた

自分の努力が崩壊してしまうことへの恐怖だった。

 

 

 

阿佐ヶ谷パール商店街を歩きながら、走馬灯の様に

高校受験、大学受験、就活、大分時代、広域時代が頭を駆け巡った

そして、支えてくれた人たちの悲しい顔が頭を駆け巡った。

 

 

 

今思うこと。

それは、仕事は頑張れた方がいい。

目標を持って、そこに向かって一生懸命に取り組むことは素晴らしいこと。

 

 

 

但し、それはベースがあってこそだ。

自分の大切な人たちが笑顔でいてくれること。

そして自分が心身ともに健康でいられること。

この部分を犠牲にして結果を出すことは、幸福とはいえない。

 

 

 

幸福の定義となる人的資本も、金融資本も充実するかもしれない。

だけど自分の中のエッセンシャルな社会的資本は全然満たされない。

僕は、これを幸せとは言えないと思う。

 

 

 

社会一般ではどう言われるかわからない。

でも、僕自身は絶対に呼べない。

それを学べたこの1ヶ月はとても大きな1ヶ月となった。

 

 

 

ようやく自分を取り戻しつつある。

レーニングで引き裂かれた筋繊維が修復するように

キツかった分、強くなって帰ってこれると信じている。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

西田さんに相談した。

5月25日 18時 緊急事態宣言が撤回された。

緊急事態宣言が撤回された直後に動こうと考えていた僕は、

翌日すぐに西田さんに連絡を入れた。

 

 

 

昼休みのランニングを終えて、広域Gにいた時と同じ様に

昼ごはんが終わったくらいタイミングを見計らって

imessageを送った。

 

 

 

悩んでいることがあり、相談したい。

もしよければ直近で時間をもらえないか。

そんな内容だった。

 

 

 

imessageを送った後は、

「ちゃんと返事くるかな」

そんな言葉が脳内をループしていた。

 

 

 

その後、急に業務用端末に着信があった。

「すぐいきまっせ」と明るい声で言ってくれた。

金曜に品川で会うことを約束し、電話を切った。

 

 

 

そして昨日、無事にあって話をした。

自分なりに自分の気持ちも伝えた。

記憶が薄れないうちに今自分が感じていることを書いていこうと思う。

 

 

 

一通り、西田さんの近況を聞いたあとに、自分のことを話をし始めた。

残業が多いこと。休憩を入れることが蔓延していること。

組織としていけていないこと。体が蝕まれている可能性があること。

 

 

 

そして何より、「西田さんに引っ張ってほしい」と思っていることを伝えた。

人間として尊敬していること、もう一度一緒に働きたいことを伝えた。

難しいと思っているが、自分なりに気持ちを伝えようと思ったことを伝えた。

 

 

 

少し話を聞いた後に「気持ちだけ受け取っとくわ」と言った。

引っ張ってもらえることを期待していなかった訳ではないけど

なんとなく答えはわかっていた。

 

 

 

その理由はいくつかあった。

 

 

 

西田さんがサラリーマンの転機になったのは、30代らしい。

これからの10年間は、人生観が大きく変わる10年間。

結婚もあれば、異動もある。まだ見ぬ偉人にも出会う。

 

 

 

この多感な時期に、いろんな世界を見た方がいいということ。

狭い視野じゃなく、広い世界を見て、自分の経験値にすること。

仮に今の様に沈む時期があったとしても、その後大きく伸びるかもしれない。

 

 

 

だから、今が全てだと思ってはいけないし

過去が全てだと思ってはいけないということ。

 

 

 

これは言われた通りだと思った。

今みたいな環境から出ることで、また新たな出会いがあるだろう。

そこから学ぶこともあるし、影響を受けることが

人間としての幅を大きくしてくれると思った。

 

 

 

2つ目は切り札はまだ出さないということ。

転職することや、尾田さんへの相談は時期尚早だということ。

 

 

 

転職する覚悟(やめる覚悟)があるのであれば、

一発大きな花火を打ち上げてやめるべきであること。

 

 

 

自分が今やっている働き方改革の部署や、労働組合を使って

他人のふんどしで脱出を図るべきだということ。

 

 

 

そして、ツテでの異動はまだ切り札として持っておけと言われた。

それは、借りを作ることで一生その人の下で働かなければいけないこと。

また発言権を奪われてしまうということ。

 

 

 

「異動させてやったんだから、文句言うなよ」って

言われたら何もいえなくなる。

確かにそれは言う通りであると思った。

その分、雑に扱われる瞬間もでてしまうということだ。

 

 

 

最後に1人前になって、価値観を固めるべきだということ。

 

 

 

結婚して半人前、子供ができて1人前。

1人前になって守るべきものを手に持って、仕事と天秤にかけてみる。

天秤にかけたときに、仕事が勝てばそのときに転職すればいい。

但し、今とは間違いなく価値観は変わるということ。

 

 

 

自分のキャラをどの様に確立してくか。

西田さんは常に異端児っぽく居たいという思いがあるらしい。

僕も営業時代はそうだった。

 

 

 

きっと西田さんに憧れていた部分があるのだろう。

近くにいなくなって、話をすることは愚か、姿を見ることさえなくなった。

自分のあるべき姿が身近になくなり、自分自身を見失っていたのかもしれない。

 

 

 

自分の憧れた姿を改めて見て、勇気をもらった。

もっとずる賢く、他人のふんどしで相撲を取り、自分を高く売る。

今一度あのときの感覚を取り戻そう。

 

 

 

I WILL. LIFE is mine.

29歳の折り返し地点

朝まなと話していて気づいたことがある。

今日は5月25日。

29歳になっての折り返し地点であるということ。

 

 

 

29歳になって、2つ目標設定したことを覚えている。

1つは自分にとっての幸せの定義をすること。

1つは30代以降の人生をデザインすること。

 

 

 

28歳最後の日に悩んでいたこと。

それは、他者評価の中で生きている自分の存在だった。

まさに今痛感していることである。

 

 

 

仕事に自分を崩壊させられるんじゃないかと思って以来、

僕の人生や価値観は大きな影響を受けた。

 

 

 

一度病んでしまうことで、

今まで積み重ねてきたものが一瞬で崩壊してしまう恐怖。

 

 

 

損得勘定なしでは誰も助けてくれなくて、

自分の身は自分で守らないといけない恐怖。

守れる力が自身にあるのかもわからない。

 

 

 

そう思うと、今の人生に満足できる自分がいる。

親が元気で、愛すべき彼女がいて、友達もいる。

一部上場企業に勤めて、ある程度の収入もある。

 

 

 

ある程度一等地でいい家にも住めている。

好きなものを食べられている。

旅行に行くことだってできる。

 

 

 

「これ以上何が必要だっていうの」って

言いたくなる人もいるのかもしれない。

 

 

 

そう思うと、日々に感謝ができて、

仕事なんかより気遣ってくれる親に毎日連絡することや

彼女に連絡することが大切に思えてくる。

 

 

 

それに気づけたことはとても大きなことだと思う。

自分にとってエッセンシャルなものは何であるのかを

気付くことができたこの半年間は有意義だった。

 

 

 

また、仕事で究極に追い込まれたことも今となってはよかった。

自分の価値観を再認識できるいい機会になったのだから。

 

 

 

あとの半年間、何をすべきか。

答えは行動なんだと思う。

ともかく動くこと、そして動きながら考えていくこと。

 

 

 

今日散歩をしながら、ふと感じたことがある。

それは、自分の人生に何か不足していると潜在的に感じていたことだ。

それに気付くことができた。

 

 

 

それは「目標」である。

目標を何か持つことは、僕の人生を

充実したものにしてくれることに気づいた。

 

 

 

今で言えば、現部署からの脱出だ。

転職サイトに登録したり、これから社内営業も始めていく。

それを成功させることが当面の目標となるのだろう。

 

 

 

「こんなことしていていいのだろうか」

散歩しながらふと感じることがある。

不安になることがある。

 

 

 

そんな時は思い出したい。

「隙間、余裕が人間を豊かにする」ということを。

僕はまだ道半ばだ。

 

 

 

ここから具体的に行動しなければ何も変わらない。

自分で自分の充実した人生を掴み取らなければ。

ラスト180日ほど。さぁいこう。

 

 

 

I WILL. Life is mine.

読書:死ぬこと以外かすり傷

昨日まで出来なかったことを今日やる。その積み重ねが周りと差をつけていく。

 


集中力は自分が追い込まれた時に最大になる。常に時間で縛り、最大の集中力を出せる状態にする。

 


そこそこ優秀、そこそこ目立つは可愛がられる。その先には批判中傷がある。それがブランドだということ。自分を支えるのは圧倒的な量。それが自信となる。

 


何が当たるかわからない時代には、完走することよりも、とにかく一回ダッシュしてみることの方が大切だ。自然消滅上等で「やります」と手をあげる。

 


世界中の誰も興味持たなくても、もし自分が最高の本だと思えればぼくはそれでいい。大切なのは自分の心がどれだけ動くか。

 


ウダウダと考えすぎずに、どんな仕事や誘いでも「やります」「いきます」を口癖にしてとにかく動く。そして、小さな成功を積み重ねる。

 


人生はロールプレイングゲーム。辛いことやトラブルも全ては人生を楽しく演出するためのイベントに過ぎない。