大切なもの

「心の浄化」を目的にあいだみつを美術館に行った。

 

 


朝電車に揺られながら、TOEICの勉強をし
会社について打合せと資料作りに追われ
帰りの電車でまだTOEICの勉強をして。

 

 


そんな日々に不満がある訳ではないけれど
少し心がザラついてしまった気がしたから
掃除等のルーティンワークを置いて、出かけた。

 

 


行くことに迷いはあったけれど、
結論、行ってよかった。
感じたことを駄文になるかもしれないが
残しておく。

 

 


多くの作品の中で、特に心に残ったのが2つ。
1つは、
「しあわせは いつも じぶんのこころがきめる」

 

 


日々の業務に忙殺され、
新しい環境での日々というのは、楽ではない。

 

 


今日、洗濯をしながら、ふと思ったことがある。
「この会社にいる意味はなんだろう」
ということだ。

 

 


別に管理職になりたいと思わない。
プライベートな時間が侵されてまで
仕事に没頭したいとも思わない。

 

 


こんな日々が続くことが、自分にとって
しあわせなことなのだろうか。
そんなことをふと思った。

 

 


行きたい海外旅行へも、仕事が邪魔していけない。
事実か妄想かは別として、それが自分にとって
幸せ人生なのだろうかと考えてしまう。

 

 


では、なぜ最短で昇格したいのか。
なぜ仕事をがんばっているのか。

 

 


そこには、他者からの目/評価というものを
気にしている自分が存在すると思う。

 

 


もちろん全てがそうではないが、
そこにプレッシャーを感じている
自分がいることは確かである。

 

 


そんな中で、自分にとっての幸せを
再定義する必要があると考えていた。

 

 


その折に、この言葉に出会い、
すっと心の中に入ってきた。

 

 


周りからの評価を気にせず、
幸せを決めるのはいつも自分であること。
そして、それは必ずしも裕福な生活では
無いのかも知れない。

 

 


もう一つある。
これは長くなるから、下記に綴る。

 

 

 


そのうち お金がたまったら

そのうち 家でも建てたら

そのうち 子供から手が放れたら

そのうち 仕事が落ちついたら

そのうち 時間のゆとりができたら

 

そのうち ………

そのうち ………

そのうち ……… と、

できない理由を

くりかえしているうちに

結局は何もやらなかった

空しい人生の幕がおりて

顔の上に 淋しい墓標が立つ

 

そのうちそのうち

日が暮れる

いまきたこの道

かえれない

 

 

 


その通りだと思う。
先日、みのりと飯に行った時にも
同じことを聞いた。

 

 


この1秒1秒、刻一刻と死に近づいている。
今が人生で一番若いはずなのに、
今やりたいことをやらずにどうするの。

 

 


言う通りだと思う。
仕事に向き合っている自分が正解だと思い、
ずっと走ってきた。

 

 


だけど、もう少し、仕事以外の部分の人生を
充実させることを考えてもいいのかと思った。

 

 


もっと我儘に、
もっと馬鹿でいいんじゃないかと。

 

 


やりたいことやるだけ
深く考えちゃダメ。

 

 


これが本質なのかも知れないな。

 

 


言葉は不思議だ。
人に大きな影響を与える。

 

 


人が生きていく中で、
意外とみな同じ悩みを抱えている。

 

 


もうすぐ29歳になる。
1年後には30歳になる。

 

 


20代、最後何をするのか。
30代はどんな10年にするのか。

 

 


自分と向き合う時間を大切にしたい。

 

 


play hard wiz beaming smile