人間らしく生きるということ。

ここ数日、直近の人生を変える様な

大きな出来事があった。

 

 

 

母の日の前日に、親から連絡があり

確定申告のことについて調べて欲しいと

頼みを受けた。

 

 

 

正直、仕事でもプライベートでも

精神的に余裕がない状況だったから

サッサと済ませてしまおうと思った。

 

 

 

そんな中で、歯車が噛み合わなくなった。

母から「言い方がきつい」と言われた時

普段ならあり得ないけれど言い返した。

「あなたもだよ」と。

 

 

 

それがかなり響いた様で、母は泣いた。

本来安らげる場所であるはずの自分が

おれを苦しめているという事実に

ショックを受けたようだ。

 

 

 

話を聞くと俺に対して、

凄く気を遣っているらしい。

親が子供に気を遣い、子供も親に気を遣う。

全く変な構造である。

 

 

 

なぜ、自分は周りと違い

うまく親と関係が構築できないのか。

なぜ親とすれちがうのか。

なぜ優しくすることが出来ないのか。

 

 

 

そんなことを悶々と考えながら

その日を終えた。

 

 

 

母の日の翌日に話をした。

その時に言われたこと。

それは仕事を始めてから、

ずっと余裕がないということ。

 

 

 

「生きるために仕事をしているのでなく

仕事をするために生きている」と言われた。

 

 

 

翌日、急に志賀さんから連絡があった。

内容は、ちゃんと日を浴びることと

飯を食えって内容。

 

 

 

それはまるで、うつ病患者にかけるような

そんな言葉だった。

skypeのログアウト時間を見て、

連絡をくれたらしい。

 

 

 

志賀さんから聞いたこと。

それは人は環境に染まり、心を失うこと。

居る環境が当たり前になるということ。

 

 

 

たしかに。

コンシューマに居た時と比べて、

今の環境は全然違う。

そして、自分の牙やトゲも失われている。

 

 

 

ホリエモンが言った言葉が胸に染みる。

時間は命。おれの命を奪う奴は許さない。

 

 

 

残業に休憩入れて失われた時間は、

もう戻らない。

 

 

 

母は、

「今日はもう戻らない」

「この1時間はもう返ってこない」

そんな話をした。

 

 

 

言う通りだと思った。

 

 

 

時間はトレードオフ

おれの貴重な時間を。命を。

会社のサービス残業に使っていいか?

そこまでして欲しい未来があるか。

 

 

 

答えはない。

これを裏付けるのは、

おれは転職を考え始めているということだ。

 

 

 

自分にとってエッセンシャルなこと

それは、親やパートナーに笑顔で

いてもらうこと。

 

 

 

今の会社で偉くなっていって

周りから「すごいね。さすがだね。」と

言われることじゃない。

 

 

 

会社の残業に捧げる時間があるならば、

もっとやるべきことがあるんじゃないのって

自分に問いかけてる。

 

 

 

志賀さんと母に言われて、

朝早めに起きて散歩をしてみた。

とても気持ちがいい。

 

 

 

公園に行ったり、稲荷神社を参拝する。

写真を撮って親に送る。

いつからだろう。旅行や遊びに行っても

親やばぁちゃんに写真を送らなくなったのは。

 

 

 

来たことに対して相槌の様な

返信しかしなくなったのは。

経済的には豊かになるかもしれない。

だけど、心は寂しくなるばかりだな。

このままじゃダメだなと思う。

 

 

 

朝起きて、散歩して。

昼になって、ご飯を食べて。

風呂に入って、ご飯を食べて。

少し自分の人生を思いながら眠る。

 

 

 

そんな何気ない日々が

僕には不足している気がする。

 

 

 

I WILL. Life is mine.