一つ目標を達成できたということ。

6/4の夕方、評価面談に関するメールが飛んだ。

すぐに上司に連絡し、結果を教えてくれと伝えた。

自分にとって大きな大きな結果発表となる。

 

 

 

ゴールデンウィーク前くらいから、どこか心が落ち着かなかった。

ふとした時、「もしダメだったら・・・」と何度考えたことだろう。

連絡して、提示された時間までの15分間がすごく長く感じた。

 

 

 

いつもならあっという間に過ぎてしまうはずなのに、

心の状態によって、どうして時間はこんなにも

長く感じたり短く感じたりするのであろうか。

 

 

 

そして、評価を受けた。

最高の評価だった。

無事に目標としていた昇格を達成することができた。

 

 

 

いつから、最短での昇格を意識するようになったのだろう。

いつから、その結果にこだわる様になったのだろう。

 

 

 

評価にこだわりを持つ様になったルーツは、3年目だと記憶している。

それまで「結果は残せなくても、自分が満足していればいい」という

考えだった自分に甘さを感じて、結果を求めるようになった。

 

 

 

そして広域に異動してから、いい評価をもらえる様になった。

振り返ると5年目以降は、最高評価を貰い続けていたから

それを守る自分と、評価を落とすことに対するプレッシャーと

戦っていた様に記憶している。

 

 

 

評価について忘れられないのは、吉田さんと日田に行った帰りに

「このままいくと、最短で昇格だろうな」と言われたことが

記憶に残っている。

 

 

 

それが手に届く様になってからか。

結果とそれに対するプレッシャーと闘ってきた。

特に昨年度の1年間は本当に特別な1年間だったと思う。

 

 

 

上期は組織が東京配属になり、ライバルが全国となった。

東京本部にいる同期や、本部担当をしている後輩に

負けない様にするにはどうすればいいかを考えた。

 

 

 

それと同時に、全国と闘った時に自分の仕事力が

どこまで通用するのかということに不安を感じた。

そんな中、運良く最高評価を掴み取った。

 

 

 

下期は、初めての組織外異動。

九州以外の場所で顔で仕事ができない。

業務の知識もほとんどない。

 

 

 

その中で何度も挫けそうになった。

でも、そんな自分を支えたのは

この目標があったからだと思う。

 

 

 

最後の1ヶ月は本当に苦しかった。

 

 

 

大きな案件を担当している同期の横で、大きな案件がない自分。

「このままでいいのか」「まだやれることがあるのではないか」

そんな気持ちが心を支配する。

 

 

 

2000本安打を目前に、急にヒットが打てなくなる野球選手の様に

いつもの様に振る舞えない自分がいた。

イチローの言葉を聴きながら出勤し、言葉がとても沁みた。

 

 

 

そんな中、なんとか結果を掴み取った。

誰よりも泥臭く、アゲインストな環境でやってきた。

「こんな辛い経験お前らしていないだろう」という本田の言葉の様に

「おれはお前らとは格が違う」と自負して闘ってきた。

 

 

 

我ながらよく頑張ってきたと思う。

結果を残せたことで、失いかけていた自信を少し取り戻した。

そして、過去お世話になってきた人たちに細やかながら成長した姿を

見せられることを誇りに思うと同時に、感謝をする。

 

 

 

最後に。

こういった嬉しいことを、他人に自慢しない。

それが自分の美学である。

でも、親にはいの一番に連絡するもんなんだなと思った。

 

 

 

おばぁとおかんが喜んでくれたことが伝わって、

頑張ってきてよかったなと思った。

 

 

 

次の役職に向けても同じ様に、仕事に打ち込めるかは正直わからない。

それは、自分の価値観が少しずつ変わっているからである。

挑むにせよ、そうでないにせよ、惰性で人生を歩みたくはない。

 

 

 

オリンピックを終えた選手が、次回のオリンピックを目指すかと聞かれて

答えに詰まっている気持ちが今、なんとなく分かる。

 

 

 

今の結果を掴み取るために、たくさんのものを犠牲にしてきた。

それを理解した自分が次にどんな選択をするのか、非常に楽しみである。

どんな選択であろうと、決めた選択には責任を持ちたい。

自分の人生に責任を持てるのは自分だけなのだから。

 

 

 

I WILL. Life is mine.